给老师的赠言_感谢日语老师的话(2)
その時、人は迷います。そこで役立つのがあなたの良心です。
これが私の言う「神様」です。今は厳しい社会ですから、正しいことをしていれば絶対幸せになるというものではありません。
悪いことをして物理的に幸せになっている人間は存在します。
しかし、悪いことを一度認めるとそれが連鎖していきます。そして、本当に悪い人になってしまいます。
例外もありますが、悪いことをして成功しても最後は没落することが多いようです。
あなたの良心の判断と神様の判断はそんなに変わらないでしょう。
ですから、これから教科書も先生もいない世界で自分に教えを与えてくれるのはあなたの心にいる神様です。
もう一つの言葉は、身を守るために言った言葉です。
私が今まで会った人を回顧して、いいと思う人とそうでない人を分けると、
自然に行動が伴っているか否かという分け方になります。
先学期「言語学概論」で分かったと思いますが、言葉なんて作ったり言うのは実に簡単なことです。
「今度飲みに行きましょう。」「あなたはすばらしい。」
でも、そのあとの行動を見るとどうでしょうか。
私の実体験から見ると、いい関係というのは必ず「give and take」の関係になっています。
それが一方的だったら、ただの「利用」です。できれば、それは物との交換でなくて、行為の交換の方がいいと思います。
事情があってできない場合は、できるだけそれに近づける。
例えば、お隣の天津に恩人がいて御礼をしたい。物を買って宅急便で送れば簡単です。
でも、わざわざ自分でお礼の品を持って行った場合と比べて気持ちの伝わり方はどうでしょうか。
上海や日本なら無理な話ですが、天津のような行くのがちょっとだけ面倒だというレベルなら
敢えてそれをする価値はあるということです。
とにかく、行為と行為のやり取りがベストです。
そして、もう一つ言った言葉が、それらは長期で判断することです。少なくとも半年、1年???。
私の実例でもそうです。ある人については、用事のある時しか接触してこない。
私に頼みごとをする時、毎回御礼の品を持ってきます。でも、日頃何も連絡がない。
私は行為を売っているように感じ嫌になったので、ある時、御礼を断ってその頼みごとをしてあげました。
その人は半年で見ても、1年で見てもそうなので、私にとって親しい人ではありません。
ただの知人です。
さて、みんなの気持ちは嬉しく感じました。本当にありがとう!
こういったメールは、学生が毎年送ってくれるわけではないので、これはみんなの本意だと思います。
毎年この時期になると悩むことがあります。それは卒業生に贈る言葉です。
それについて2つ考えがあります。
一つは、「もうお前とは話をしたくない。私はお前のニュースを聞きたい。」。
私の好きな映画「ニューシネマ?パラダイス(天堂電影院)」の中の言葉です。
意味が分かりますか。ある男の子は田舎に住んでいて、おじいさんに育ててもらいます。
そして、青年になった時、仕事のために都会へ旅立ちます。
心では、おじいさんはこの青年にまた会いたい。でも、こんな田舎に帰って私と話しているようじゃだめだ。
帰る暇もないくらい忙しくて、ニュースに名前が出るぐらい成功しろ。
そういう意味です。だから、もしこれで最後になったとしても、いつかどこかでみんなのニュースが聞ければいいなと思います。
もう一つは、成長した姿を見たいということです。こちらのほうが現実的かな。
私の授業はちょっと他とは変わっていて、人間教育を試みています。
その結果、社会でどうなっているのか大いに興味があります。
もちろん、個人としてみんなに興味もありますよ。
とても長くなってしまいましたが、以上が卒業に向け送る言葉です。
(私もアレルギーから卒業したいです)
明日帰国するのでその準備をしています。では、みんなも元気でいてください。
给老师的赠言 _感谢日语老师的话相关文章:
